TITLE:
食文化と里山をめぐる環境教育の教材・プログラム開発の基礎研究―教科書における農業の外部効果と農用林に関する記述分析を中心として―
( Dissertation_全文 )

杉本史生(2015)。食文化と里山をめぐる環境教育の教材・プログラム開発の基礎研究―教科書における農業の外部効果と農用林に関する記述分析を中心として―。

序 章 課題と方法

第1節 論文の課題

  本論の課題は以下の 4 つである。いずれも食と農をめぐる環境教育論に位置づく研究課題であり、環境教育としての食文化教育、及び里山に関する環境教育の教材とプログラムを開発するための基礎研究である。第 1 に環境教育としての食文化教育の立場から、農業の外部効果を学ぶ意義を考察することである。第2に新学習指導要領下の小学校社会科第5学年において、環境教育としての食文化教育の立場から、教師が農業の外部効果の教材を開発する方向性を検討することである。第 3 に、農林業者と里山とのかかわりを学ぶ環境教育の重要性と課題を考察することである。第 4 に中学校における環境教育において、教師が里山の教材を開発する際、農用林概念がどのように有効であるかを考察することである。

第2節 研究の背景

  当節では本研究の背景に関し、第1項において環境教育論における教材開発の課題、第2項で環境教育論において形成されつつある食と農をめぐる環境教育の研究領域に区分し、述べる。

1.環境教育論における教材開発の課題

  地球温暖化、生物多様性の減少、熱帯林の減少、砂漠化、オゾン層の破壊、酸性雨などの地球環境問題が深刻化し、その影響が懸念されている。また、国内において地域レベルで生じている環境問題として、ヒートアイランド現象、公共用水域の水質汚濁、湿地の減少・劣化傾向、廃棄物の増大、放射性物質に汚染された廃棄物の処理などがある。これら環境問題は国際的、並びに国内的にこれまで解決・改善のための努力が継続されてきている(注 1)。国内的には戦後高度経済成長期以後に顕著に生じ、甚大な被害をもたらした公害に対する取組みからその流れは続いている。地球環境問題に関していえば、その問題による影響への懸念は、環境をめぐる大規模な国際会議で叫ばれて久しい。その最初の会議が、1972年にスウェーデンのストックホルムで開催された国連人間環境会議(通称:ストックホルム会議)である。その後、1992年の環境と開発に関する国連会議(通称:国連環境開発会議)では、「持続可能な開発」(sustainable development)が人類共通の課題とし て認識され。また、近年の環境をめぐる国際会議においては、「持続可能性」(sustainability)という言葉も「持続可能な開発」と並んでキーワードとなっている(注 2)。地域の環境や地球環境の保全を図り、持続可能な開発や持続可能性、別の表現を用いれば持続可能な社会を構築することが人類において重要な課題となってきている。

  しかし、環境省が世界自然保護基金(WWF)の予想などをもとに述べているように、世界の持続可能性の状況は依然として厳しいといえる。世界の人口は 2050年に 93 億人まで増加すると予想されており、世界自然保護基金によると、人口増加や消費のトレンドが現在のまま持続した場合、2030年には人類の資源消費や環境負荷の規模は地球の自然再生能力の 2 倍になる。そして、すでに世界各地では、経済活動の進展及び貧困格差の拡大によって、水不足の深刻化や資源のボトルネックの悪化、気候変動、水・大気環境の汚染、回復不能な生物多様性の喪失といった問題が生じているからである(環境省 2012:2)。そうした状況にあって、日本の直近の政策文書である『第 4 次環境基本計画』(2012 年 4 月閣議決定)においても、持続可能な社会への転換が課題と位置づけられ、そのための施策を講じていくことが記されている。

  川嶋宗継は、地域/地球環境問題は多岐にわたって様々な形で現れる現在進行中の問題であり、発生原因、機構、影響のいずれにおいても、科学的に完全に解明されている訳ではないという。しかし、解決に向けての対処が必要になってきたことは事実である。そして、技術的工夫とともに、協定や法令に基づく規制もなされているが、これらだけでは解決できないというジレンマの中で、環境教育への期待が高まってきたと論ずる(川嶋2002:3)。この指摘の通り、人類が地域/地球環境問題の解決に苦慮する中で、地域や地球環境の保全を図り、持続可能な社会を構築する一方策として、近年環境教育への期待が高まっているのである。

  環境教育は前述した国連人間環境会議の場で、環境に配慮した人間の育成に必須のものとして、政治的に産み出された(注3)。そして、1975年に開催された国際環境教育ワークショップ(通称:ベオグラード会議)では、専門家96名全員の賛同を得て『ベオグラード憲章』が採択されている。同憲章では環境教育の目的(Goal)について、「環境やそれにか かわる諸問題に気づき、関心を持つとともに、現在の問題の解決と新しい問題の未然防止に向けて、個人的、集団的に活動する上で必要な知識、技能、態度、意欲、実行力を身につけた人々を世界中で育成すること」(UNESCO-UNEP 1976:2)(注 4)と定めている。その約 20年後の 1997 年に採択された『テサロニキ宣言』(正式名称は『「環境と社会に関する国際会議:持続可能性のための教育とパブリック・アウェアネス」におけるテサロニキ宣言』)では、環境教育は「環境と持続可能性のための教育」(education for environment and sustainability)(注 5)と位置づけられた。『ベオグラード憲章』と『テサロニキ宣言』 における位置づけにみられるように、環境教育は国際的に環境問題の未然防止や解決、もしくは「持続可能性」の実現に貢献する役割が期待されているのである。また、国内的にも環境教育の重要性に対する認識が高まっている。このことは、とりわけ次のことからいえるだろう。第1に1990年代初頭において、文部省(現:文部科学省)が義務教育における「環境教育の推進」を明確に打ち出し、その方針が現在も継続されていることである。いわば、ここ20年間、小・中学校において環境教育は全国的に推進の流れが定着していることになる。1990年代から実施されはじめた施策には『環境教育指導資料』の発行、『全国環境学習フェア』の開催、『環境教育担当教員講習会』の開催、『環境教育推進モデル市町村』の指定、『環境のための地球環境学習観測プログラム(GLOBE)計画』参加校の指定がある。第2に、2003年に学校及び社会教育分野における環境教育を推進すべく、国や自治体がその実践を支援する施策を講ずることを定めた法律が制定されたことである。法律の名称は『環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律』である(注6)。また実践レルでも学校及び社会教育の両分野の現場において、環境教育は広く実施されている。その活動例を挙げると、環境美化・清掃活動、ごみの分別活動、環境関連施設の見学、自然体験、生物の観察及び生息分布調査、水質・大気汚染調査、ビオトープの造成とそれを活用した活動、里山を活用した活動、動植物の栽培・飼育、まちづくりに関する活動、地球環境問題を教材とした活動がある。

  上述したように、地域や地球環境の保全を図り、持続可能な社会を構築するための教育的アプローチとして環境教育への期待は世界的に高まり、国内においては実践が広がっている。だが、はたして環境教育はそのような期待に応えるものとなりうるのであろうか。東京学芸大学環境教育研究会(1999)や国立環境研究所(2004)が実施した大規模なアンケート調査によって、義務教育の場合、環境教育を実践するうえでの課題は少なくないことが明らかになっている(注 7)。その課題には、教師自身の資質・指導力の向上と準備時間の確保、他の教育課題との関係を含めた授業時間数の確保、予算や教材の不足などがある。こうした実践上の課題についてさらに探究し、環境教育の可能性を検討する必要があるだろう。また、その課題を克服するための知見を提供していかねばならない。本論文の出発点はここにある。

  さて、先述した義務教育における環境教育の教材不足という課題に対しては、これまで教師の教材開発を支援する研究が行なわれてきた。日本の小・中学校において、環境に関する独立した教科が一般に存在しない。ゆえに、環境教育は各教科・領域内、もしくは教科横断的に環境教育的視点を取り入れて実践されることから、こうした実践の性格に即して教材開発に関する研究も実施されてきた。高等学校を含め、日本環境教育学会誌に掲載されている先行研究には、以下3つの教材開発がある。

標題3

文章內容

發表留言